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8/8 第2回「現代の貧困とセーフティネットを考える会」報告

「ホームレス問題と自立支援法について 」 注1
鹿児島国際大学 馬頭忠治 mail ℡ 099-263-0670(研究室直通)

1.ホームレスの定義 
 ホームレス自立支援特別措置法(2002年8月7日、公布・施行の10年間の時限立法、以下、自立支援法)、および、この規定に基づく「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針(2003年7月)」(厚生労働省、国土交通省、告示第1号)では、ホームレスの定義に係り、およそ、つぎのように定めている。
すなわち、「基本方針」は、「自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し、食事の確保や健康面での問題を抱えるなど、健康で文化的な生活を送ることができない状況にある。一方、こうしたホームレスの多くは、都市公園、河川、道路、駅舎等を起居の場所として日常生活を送っており、地域社会とのあつれきが随所に生じている。現下の厳しい経済情勢の下、ホームレスの数は今後とも増加傾向が続くと思われ、ホームレスに関する様々な問題は、今後、より一層深刻さを増すものと考えられる」とする。
また、「自立支援法」でも、当然、同様である。ホームレスは、「自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者」(第1条)であり、「ホームレスは‥(略)‥自ら自立に努めるものとする」(第4条)などと規定する。つまり、いわゆる生存権の保障とは距離を置く規定となっている。
 他方、国連人権規約経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約:1979年8月4日条約第6号 発効1979年9月21日) は、その第11条において、次のように定めるが、西欧では、概ね、これを根拠にしてホームレスの定義がなされる。
第11条は、「この規約の締約国は、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める。締約国は、この権利の実現を確保するために適当な措置をとり、このためには、自由な合意に基づく国際協力が極めて重要であることを認める」とする。
すなわち、欧米では、この種の人権としての居住権を前提とするhomelessな人びとがいて、その中に、rough sleeperや squatterなどの人びとがいるという捉え方となっている。
イギリスのホームレス法による定義では占有する権利のある宿泊施設を持たない者家はあるが、そこに住む者から暴力の恐怖にさらされている者、緊急事態のための施設に住んでいる者 、一緒に住むところがないために別々に暮らさざるを得ない者とされ注2 、その範疇にドメスティック・バイオレンスや家庭内暴力にさらされている被害者や、引き離された家族など、実に多様な人々を含む。
またアメリカではホームレス援助法(マッキーニ法)で、夜間に住居がない者 、一時宿泊施設に宿泊している者などと定められ、やはりその定める範囲は非常に広域です。たとえば自然災害による被災者などもホームレスとされます。フランスにおいてはホームレスに対する単独法というものさえない。ホームレスへの差別と社会的排除を防ぐ視点から、あらゆる住宅問題を抱えた人々に対する手厚い支援策が実施され、長期間にわたり路上生活を送る人はほとんどいないと言われている。
一般に欧米諸国におけるホームレスの定義は、ドイツのホームレス生活者扶助連邦協議体(BAG-WH)による、「ホームレス生活者とは、賃貸借契約によって保証された住居をもたない人」ということに代表されているといってよい。このように、ホームレスは、基本的には、広く居住権の問題として、さらには、この居住権を支える生存権保障や人間の尊厳の権利に係る問題として捉えられているのである。

2.ホームレス問題とは
 以上から、ホームレスとは、生活困窮ないし貧困な生活を余儀なくされる可能性の高い人びとで、住居を確保できない人びとと広く捉えるべきであり、それは、現況では、低所得者、高齢者、不安定就業者、フリーター、失業者、障害者、DV被害者、ヤミ被害者、金多重債務者、疾病や欝などの患者、アルコールやギャンブル依存者、触法障害者、シングルマザー、生活保護者、さらには社会的に孤立した人などで、野宿生活ばかりか、友人や親戚宅、ネットカフェや漫画喫茶店、さらには飯場や簡易宿泊所、車で寝起きする人、施設や病院生活を余儀なくされた人、住所不定の路上行旅人などがその対象となろう。
 そうだとすると、ホームレス問題とは、ホームレス状態に追い込まれて野宿生活を余儀なくされる、その入口と出口の問題としてあることが確認されなければならない。したがって、ホームレスの数は、2003年の厚生労働省による実態調査で確認された、25.296人(2007年の調査では18.564人)に限られない。少なくとも、ホームレス以外にも、生活保護を受給し、簡易宿泊所で寝起きする人びとだけで12.000人がおり、さらに一説では、定まった住所を持たないフリーターは、400.000人から800.000人いると言われている。また、非正規雇用者は、1600万人である。年収200万円以下の所得者は5人に1人になっている。身体障害者を除く、知的障害者と精神障害者は304万人を超えると推定されているし、その内、施設入居者は47万人でしかない。さらに、毎年10万人を越える失踪者がいると推定されている。自殺者もこの10年、3万人を記録する。
 さらに、こうした人びとの背景に、どんな問題が伏在するのかを探らなくてはならない。すなわち、生活困難や社会的排除という問題や人間関係の貧困がそれである。この点に係って湯浅誠は、「五重の排除」を指摘する。すなわち、①教育課程からの排除、②企業福祉からの排除、③家族福祉からの排除、④公的福祉からの排除、⑤自分自身からの排除がそれであ注3
 このように、ホームレスの背後にある貧困問題や社会的排除が特定され、それは、また、アマルティア・センの言う基本的な潜在能力(capability)が奪われた結果であるとするならば、その出口は、これらの排除を融解・阻止していく社会的な「溜め」(湯浅誠)が、社会にビルト・インされなければならないことになる。貯蓄は金銭的な「溜め」となるし、家は生活の基本的な「溜め」となる。人間関係は、相談から扶助までのさまざまな「溜め」となる。自らに自信を持つことも、ゆとりの「溜め」となる(湯浅、前掲書、106頁)。この「溜め」をどうつくっていくのか。さらに、私なりに言い換えれば、たとえ「丸裸」になっても、社会から排除され絶望に陥ることなく、生きていくことへの保障があり、その意味で、「安心して脱落できる人生」をだれでもが歩めるようにしていく仕組みを持つことが今日の社会設計上での第一級のテーマではないのか、ということである。
この社会設計は、先に紹介したいわゆる社会権の国際規約を具体化することや、広く、生存権(第24条)、勤労する権利(第27条)、苦役からの自由(第18条)、幸福追求権(大13条)、平等原則(第14条)、居住する自由(第22条)などの人間の基本的な権利の保障に繋がるはずである。
 こうした諸点から見ていくと、ホームレス状態とは、雇用、社会保障、住居、基本的権利からの排除された状態のことであり、したがって、ホームレスの人は、野宿生活を余儀なくされてはいるが、社会に生活の拠点をもつ市民であることが、是非とも、確認されなければならない。それゆえに、住所がないために市民としての権利を行使できないとか、不安的就労、それは、日雇派遣労働どころか、最近では時間派遣労働まで出現するが、こうした雇用形態のために、雇用保険制度から排除され、ホームレスへの「近道」がつくられたのであり、また、緊急失対法による失対事業が廃止されるなどして、結局、生活保護法が唯一のセーフティネットとなったという、政策と仕組みの貧困こそが問われなければならない。
したがって、ホームレス問題に、これまでの社会保障がどこまでカバーできるかのかといったことも検討されなければならないが、少なくとも、その昨今の改悪は、人権の後退でしかないことは明白であり、したがって、ホームレス問題の解決に資するどころか、問題を複雑にするものと考えられる。すなわち、社会保障としての①公的扶助(生活保護法など)、②社会保険(国民年金法、厚生年金保険法、国民健康保険法、介護保険法など)、③社会扶助手当(児童手当法、児童扶養手当法など)、④社会福祉(児童福祉法、老人福祉法、身体障害者福祉法など)は、昨今、「切り下げ」「切捨て」「切り縮め」が徹底して行われ、そのため、「おにぎりが食べたい」といって餓死した北九州市の事例など、痛ましい事件が陸続する。
また、ホームレス問題は所謂、寄せ場という日雇労働者の問題として、これまで多くの議論がされてきたが、今日、ホームレス問題は、こうした、とりわけ、大都市部の寄せ場問題に限定されず、寄せ場の社会化、社会の寄せ場化とも捉えうる、すぐれて社会的な問題となっていると言えよう。
以上のことを踏まえたうえで、改めて自立支援法の特長について検討を加えていこう。その後、社会的排除や人間関係の貧困に対する「溜め」の仕組みや潜在能力(capability)を活用する市民による公益的な活動とその組織、それは、実に様々な領域でNPO法人やボランティア活動として組織されているが、そうした市民事業ないしは社会的企業の可能性と意義について考察していきたい。

3.自立支援法が捉えるホームレス問題と対策
 この自立支援法の特質を明らかにしていくことがここでの課題であるが、その結論を先取りして言えば、つぎのようなことになる。
 とりわけ、指摘しなければならないのは、人権と「自立・・自助」を前提とするこれまでの国家による公的扶助、それは生活保護法に精神でもあるが、それが、就労を中心とする「自立・・支援」へと大きく転換されようとしている点である。すなわち、自立支援法は、生活保護法とは距離を取り、それとの関連ではなく、別途、社会的困難を抱えた人びとに対し、就労による自立を軸に地域のセーフティネットを用意して対処するシステムにシフトさせようとするものである。しかも、この時限立法は、来年2008年には中間年の見直しがされることになっており、そうしたことも含め、どう修正されていくのか注目される。
ともあれ、生活保護法で言う「自立助長」に照らすならば、国家による「自立支援」は、法外行為を含むことは明白であり、しかも、就労による自立だけを優遇し、かつその実施計画は地方自治体に委ねるという政策転換は、国家の公的責任からすれば、その放棄ばかりか逸脱行為ともなりかねない。つまり、自立支援の実施主体を地方行政に委ねていくという「妙案」と「自立支援」という名のもとに、人びとを就労に追い込んでいく方向は、社会福祉や福祉という国家に付託された公的な責任を半ば、放棄するもので、そうであれば、自立支援法は、違法ともなりうるということである。
 
*1950年5月4日に制定された生活保護法は、その第一条で、次のように規定する。すなわち、「この法律は、日本国憲法二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障すると共に、その自立を助長することを目的とする」である。しかも、保護は、「無差別平等にうけることができる」(第二条)である。第四条1では、「保護の補足性」と呼ばれる規定があり、自らの諸力で最低限の生活に達しない場合には、その不足分が現金給付されるとしている。その他、「急迫した事由がある場合」、民法が定める扶養義務などにも制約されず、「必要な保護を行なうことを妨げるものではない」(第四条3)などとする。この現金給付の規定に見られる思想がもっと注目され、より具体的に発達させていくことができれば、今日、注目される「ベーシック・インカム」がわが国でも導入可能となる。死文化されてはならない規定である。

そこで、この自立支援法が、どういった特質を持つものであるかについて、簡単に検討しておきたい。
2002年、第154回通常国会において「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(平成14年法律第105号、8月7日公布・施行、以下、支援法と略記)が成立した。この法律は、その第一条、目的において、「自立の意志がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し、健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに、地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ、ホームレスの自立の支援、ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し、国等の果たすべき責務を明らかにするとともに、ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ、必要な施策を講ずることにより、ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする」と定める注4
さらに、「ホームレスの実態に関する全国調査」(支援法第14条)を踏まえた「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」(支援法第8条、以下、基本方針という)を策定し、各自治体においては、これに即し「実施計画」(支援法第9条)をつくり、ホームレスの自立の支援等に関する施策を実施しなければならないとした。しかも、「自立支援等に関する施策の目標」を掲げ、「①安定した雇用の場の確保、②安定した居住の場所の確保、③保健・医療の確保、④生活に関する相談・指導の実施」(支援法第 3条)とし、さらに「ホームレスの自立のためには就業の機会が確保されることが最も重要であることに留意しつつ、総合的に推進されなければならない」(第3条第2項)とした。そればかりか、「国及び地方自治体は、ホームレスの自立の支援等に関する施策を実施するに当たっては、ホームレスの自立の支援等について民間団体が果たしている役割の重要性に留意し、これらの団体との緊密な連携の確保に努めるとともに、その能力の積極的な活用を図るものとする」(支援法第12条)と明記した。
つぎにこうした自立支援法が制定された経緯についても、簡単に追っておきたい。まず、指摘しなければならないことは、バブル崩壊後の不況期においてにわかに取り沙汰されてきた、94年と96年の新宿駅西口でのダンボール村の排除事件、また、1993年の天王寺公園での行政による野宿生活者の追い出しをめぐる裁判では、その運動家が敗訴したことである。さらには、94年の西成公園でのテント排除が強行された。しかも、それらは、「浮浪者対策」として強行されてきた。
ところが、近年、ホームレス問題は、先に指摘したように、社会排除の問題として認識されるようになって、その対応に変化が生まれていく。例えば、97年、東京都は「強制排除はしない」と明言したことは、その象徴であろう。すなわち、バブル経済の崩壊後、大都市での野宿生活者について、自治体は、国の対応を求めるようになり、これを受けて、国は、「ホームレス問題連絡会議」(1999年2月)を開催し、その5月には「ホームレス問題に対する当面の対策について」を閣議決定するに至たる。しかも、そこでは、「ホームレスに到る大きな要因は失業であるが、社会生活への不適応、借金におる生活破たん、アルコール依存症等の個人的要因によるものも増加し、これらの社会経済的背景や個人的要因が複雑に絡み合っているものと考えられる」と認識されるようになった。もはや、ホームレス生活者を駅舎や公園などの不法占拠者として、単純に排除し、社会的に隔離していくのではなく、むしろ、市民の生存保障に係わる、しかも、地域のセーフティネットの在り方の問題となってきたのである。
この間、生活保護制度による対応がはかられることもあったが、ほとんどの自治体では居宅保護の体制は整っておらず、病院保護、施設保護しかなかったという状況であった。そのため、生活保護は1994年頃には簡易宿所でも受けられるようになり、1998年以降、民間の宿泊所が急増することになった注5 。さらに、東京都では野宿生活者の対策事業がとして2000年11月には自立支援センターが設置され、翌年には緊急一時保護センターが開設されていく(同上)。ところが、である。この後は、東京都などは、センターへの入所か排除かという選択を迫るような対応となっていく。
さらに、「第一回 社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会議」が2000年7月に開催され、「社会的・経済的に孤立する人。中でも大都市で孤独死するといった事例‥(略)‥さらにはホームレスや、大都市にあるスラム街の問題」が、社会福祉制度の網の目からこぼれて来る問題として社会認知され、「社会的排除や文化的摩擦と伴う問題」と位置づけられるようになったことも指摘しておきたい注6
その後においても、自治体や市民運動団体などからの対応策についての要請が続出したこともあって、与野党内に「ホームレス問題ワーキングチーム」が作られていき、ついに、2002年、第154回通常国会において「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(平成14年法律第105号、8月7日公布・施行、以下、支援法と略記)を成立させたのであった。
とはいえ、全体としてホームレス問題が広く理解されていくどころか、むしろ2005年8月、名古屋の白川公園では8人のホームレスに650人の警察、ガードマン、市職員が取り囲むという事態になった。うつぼ公園でも同じく、20人に約1.000人が取り囲む事態となった。こうしたことは記憶に新しいが、依然、解決の方策は軌道にのっているとは言い難い。「野宿襲撃」などホームレスに対する痛ましい事件も跡を絶たない。だが同時に、ここでは紹介できないが、「もう一つの全国ホームレス調査」を実施する市民団体も生まれ、ホームレス支援の中間組織は数多くつくられ、日常的な支援も全国でなされるようになっていることは是非、指摘しておきたい。虹の連合による『もう一つの全国ホームレス調査2006-2007年』もその一つの成果であろう。

4.おわりに-ホームレス問題と市民運動-
 ホームレス問題を考えていく場合、90年代のフランスの「持たざる者の運動」は、示唆的である。ここで社会的権利を求めて声をあげた野宿者や失業者、移住労働者が選んだ運動は、正義や法的根拠にもとづくき、コミュニケーションや合意といった明示的な言語化して、権利請求していくといった形の市民権運動ではなかった。むしろ、公共空間の所有をめざす、住居の占拠や雇用の場の占拠であった。それは、「いま、ここに生きる」ことを求め、表現してく運動となった(稲葉奈々子)。また、韓国が選んだ貧困からの脱出策のひとつは、「社会的企業」であった。ここでは、これらのことについての紹介は割愛せざるをえないが、以上の考察から、公益を目的とした、といっても、それは「いま、ここに生きる」を可能にしていく、人権思想としての当事者主権と市民事業による解決を試行していくことが21世紀的課題であることは確かであろう。 
もちろん、国際的な人権、さらには憲法、生存権の保障としての生活保護法は、これを堅持しなくてはならないし、この上に、総体として、生存のためのセーフティネットを地域生活のなかに作り出し、センが言うようなキャパビリティ、ないしは「溜め」がつくりださなくてはならない。つまり、市民力の形成(by, for. of)といったことが社会づくりの要になっていることは間違いない。
しかも、この市民力は、社会構造の大きな転換構造の中で、ある意味、試されてくるといっても過言ではない。すなわち、国家は、社会保障として、あるいは社会福祉として、提供してきたこれまでの給付と措置的な行政サービスを縮減しており、それは、「小さな政府」のためというよりは、全体として、「公共責任の暗黙の放棄」(silent surrender of public responsibility)
注7としか評価できなくなっているという公共性の構造的転換とも呼べるものとなっているが、そうした中で、この市民力が試されているのである。
言い換えれば、こうした公的責任の放棄がこのまま進捗するならば、地域住民の窮乏化の防止としての、さらには、生活困難に陥っても、生存が保障され、日常生活や社会生活が可能となるような地域のセーフティネットが不可避となってくるということである。そのことは想像するに難しくないであろう。市民も自治体も会社も、さらにはNPO法人の他、学校や宗教団体などあらゆる非営利組織など、地域を構成するだれもが、このセーフティネット無くしては、それぞれが持続可能となり、自らの資源を十二分に活用して運営・活動することが、ますます困難となると判断される。少なくとも、経済成長が鈍化・停滞のまま、地域住民の生活困難が放擲され続ければ、消費も、さらには納税も滞って、地方財政はより逼迫し、暴力と退廃が蔓延り、やがて、それらは負の相乗効果となって、地域の窮乏は避けられない事態となっていくと予測される。
このように、地域のセーフティネットの構築は、無視できない21世紀的テーマとして私たちに突きつけられている最重要課題の一つとなっているのである。
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註釈
1 この論稿を公表するにあたり、「現代の貧困とセーフティネットを考える会」の例会に提出した同じタイトルの報告書に若干の訂正と加筆した。
2 早川和男『居住福祉』岩波新書。
3 湯浅誠「貧困問題とネットワークの必要性」、上智大学学内共同研究『知っていますか?野宿者のこと。2006年度』、2007年、104頁。
4 ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法は、第一章 総則(第一条-第七条)
 第二章 基本方針及び実施計画(第八条・第九条)、第三章 財政上の措置等(第十条・第十一条)、第四章 民間団体の能力の活用等(第十二条―第一三条)、附則からなる。
5 池田幹雄「東京における路上生活者対策の現状及び課題」上智大学学内共同研究、前掲書、59頁。
6 こうした一連の流れについては、松繁逸夫、安江鈴子『知っていますか? ホームレスの人権 一問一答』解放出版社、2003年、94~97頁。
7 この定義は、新しい国家を「支援国家」(The Enabling State)と規定した、アメリカの社会学者N.ギルバート(Neil Gilbert, Transformation of the Welfare State: The Silent Surrender of Public Responsibility, Oxford, New York,2002)によるものである。この点は、村上英吾「希望が持てる『自立支援』のしくみ」(『季刊 Shelter-less』Summer & Autumn, No.29,2006年,102、102~103頁)による。
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by hinkon-kenkyu | 2007-08-15 10:46 | 第2回報告 馬頭忠治